「とりあえず、生き延びろ。」死にたいと思うことがあったら

「とりあえず、生き延びろ。」
死にたいと思うことがあったら、とりあえず沢山食べて、寝ること!!
過去のぼくと同じような方へ、生き延びる方法を考えてみました。
とりあえず生き延びること、だいじ!!
共有します。
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1.とりあえず生き延びるだけでOK!最終的に人は死ぬ。
2.生き延びる方法は簡単。沢山食べて寝ること
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1.とりあえず生き延びるだけでOK!最終的に人は死ぬ。

「🍀今のぼくと同じような、少数派に届け。
♦人は動物にすぎない。
♣生きることは素晴らしい。
🍜死ぬな。
📕生き延びろ。 」
とりあえず生き延びるだけでOKです。
最終的に人は死ぬから。
そして、人は動物に過ぎない。
寝て、食べて、ヤッて、また寝て。
シンプルに言えばそれだけ。
その上で任意に、人を愛したり、誰かとコミュニケーションを取ったり、人の役に立ったり、得意なことをしたり、好きなことに没頭したり、子孫を残したりする。
こんなもん、任意なものにすぎません。
とりあえず、寝て、食べて、ヤッて、また寝て。
究極、寝て食べてたら生き延びることはできますしね。
だからあまり深く考えすぎないというのも、時には大切。
生きるということを、あまり複雑に考えすぎるから死にたいなんて思うわけで。
シンプルに。
困難な問題が立て込んでいたり、
精神的に追い詰められていたり、
お金が無くて悩んでいたり、
人間関係で悩んでいたり、
自分の方向性に悩んでいたり、
そんなもん、寝て、食べて、ヤッて、また寝ての二の次ッ!!
ぼくは、とりあえずデフォルトで、じぶんは動物にすぎないんだと思ってます。
だから、問題が起こっても、とりあえず寝る!!w
例えば、人間関係で悩んでいても、それはじぶんとは別の動物と価値観が合わなかったりするだけ。
例えば、お金が無いなんてのは、一時的な状況にすぎない。
困難な問題は、細分化して出来るだけシンプルにとらえれば、そんなに困難な問題なんてこの世に存在しないし。
精神的に追い詰められていたら、逃げるという選択肢を取れば良いし。
自分の方向性は悩むものではなく、作り出すもの、楽しみながら作り出せるもの。

🍀おやすみなさい。
♦生き延びていることに、限りない感謝を。
♣ぼくを殺さないでいてくれてありがとう。
📕おかげで、こんなに素晴らしい景色を見ることが出来ている。
🐼今、未来。
🐡外界は、徐々にちんぴょろすぽーんッ!だ。
🐙それであれば、変える。
🐠明日、目が覚めますように。

2.生き延びる方法は簡単。沢山食べて寝ること

「🍀ぼくの常識は、誰かの非常識。
♦誰かの常識は、ぼくの非常識。
♣得意分野もまったく違う。
🍜違う生きもの。
📕それであれば、お互い得意なことを持ち寄る。
🐼生き延びるのが第一優先。
🎄常識とか非常識とか考えること自体は、目的でも手段でも何でもない。
🌸とりあえず、死ぬな。」
生き延びる方法は簡単です。
とりあえず沢山食べて、寝ること。
人間は動物にすぎないから。
食欲性欲睡眠欲をとりあえず満たす。
そうすると案外、死にたいとか思わなくなるかも。
とりあえず生き延びていれば、素晴らしい景色を見ることが出来るし、明日や未来への期待で目覚めることが出来る。
過去はもう過ぎ去っているし、あるのは今だけ。
これから先も分からない世の中ですから。
(日本もかなりやばい状況だと思うのですが、これはまた別の文章でまとめています。
興味がある方は、Twitterでリプ頂けると嬉しいです。)
大切なのは、今とこれから。
更に、自分と周りに居てくれるごく少数のこれから位は自分次第で変えられる。
好きに生きることが出来る世の中にだんだんなりつつあります。
ぼくも、子どもの頃は「変わってる子」と言われて、それなりに悩んだりもしました。
それこそ、まわりの子とじぶんは違う、死にたい!と思ったのは一度や二度じゃありません。
過去の日本の学校教育というのは「まわりの子と同じことが出来る」というのが第一条件、というか最低限の条件でした。
まわりの子と同じことが出来ないぼくは、「変わっている子」「出来ない子」と言われていました。
でも、今になって思うのは「それ、ラッキーじゃん!!」と。
それは、「日本」という小さな小さな島国の、「学校」というごく限定された、ごく一部のコミュニティーの中でのこと。
時代は変わって、というより、
技術によってさまざまなことが明らかになって来ている今。
学校で言われたことなんて、大したことないと。
動物に過ぎないのだから、気にすることないと。

更にこの先は「変わってる子」という表現もなくなるのかと。
まわりの子と同じことが出来るなんていうのは評価基準にはなりません。
どれだけ人と違うか、どれだけ人と違った発想が出来るかという方が重要だとぼくは個人的には思います。
過去に「変わってる子」と言われ続けたぼくも、今となっては幸せに生きることが出来ています。
多様なあり方が認められつつある中で、自分が得意で、誰かの役に立つことがあれば、更に生きやすくなりますね。
日本の学校教育の「みんなと同じことが出来ること」は、企業の歯車になるための洗脳という考え方もあるみたいですね。
それを知って更にぼくは調子に乗ってしまいます。
ぼくは洗脳されていないッ!!
じぶんとして生きることが出来ているッ!!
と。
矛盾だらけの少数派のぼくなんかでも、運が良く、自由に楽しく生きることが出来ています。
死んでしまっては、何も変えられない。
小学生のぼくにも言ってあげたいです。
「とりあえず、生き延びろ。」

ということで、「とりあえず、生き延びろ。」死にたいと思うことがあったら沢山食べて、ひとまず寝る!!ひとつの方法でした。
またブログ書きます。
今後とも、何卒宜しくお願い申し上げます。
なのふら カバー画像.jpg
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